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東京地方裁判所 平成3年(ワ)8993号 判決 1992年12月18日

主文

一  被告磯秀幸、被告金井郁夫は、原告に対し、各自一四八一万四〇三二円及びこれに対する平成三年七月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告安田火災海上保険株式会社は、原告に対し、一四八一万四〇三二円及びこれに対する平成三年七月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その二を被告らの、その余を原告の各負担とする。

五  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自三五七五万一三三六円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  本件事故の発生

<1>日時 平成元年七月一〇日午後一時四五分ころ

<2>場所 栃木県足利市今福町三二八番地四先路上(以下、「本件現場」という。)

<3>事故の概要 原告は、原動機付自転車(以下「原告車」という。)を運転して本件現場手前にさしかかり、信号待ちのため停車していた車両の左側脇に進入して停車した後、青信号に従つて発進したところ、その直後、本件現場において、同じく信号待ちのため停車していて発進した被告磯秀幸(以下、「被告磯」という。)の運転する大型貨物自動車(以下、「被告車」という。)と接触して転倒し、被告車後輪によつて右下腿部を轢かれた。

<4>受傷内容 原告は、右下腿骨開放骨折・不全切断、右下腿デ・グロービング損傷・皮膚壊死、右Ⅲ中足骨骨折・右Ⅰ趾壊死、腰腹部打撲、右下腹末梢循環不全の損害を負つた。

2  被告金井郁夫(以下、「被告金井」という。)は、被告車を保有し、これを自己のため運行の用に供していた。

また、被告磯は被告金井が経営する建材店の従業員であり、その事業の執行中に、本件事故が発生した。

3  被告安田火災海上保険株式会社(以下、「被告会社」という。)は、原告との間において、無保険者傷害保険契約を締結していた。被告金井には自賠責保険以外の自動車損害保険が付保されていない。そして、原告は、被告車の所有、使用または管理に起因して身体を害され、前記後遺障害を生じたことによる損害を破つた。従つて、被告会社は、被告磯、同金井が法律上負担すべき損害賠償額を、保険金として支払うべき義務がある。

4  既払額

被告らは、原告に対し、自賠責保険金として一五〇三万円を支払つた。

二  争点

1  責任

(一) 被告磯の責任

(1) 原告の主張(民法七〇九条)

本件事故は、被告車が、信号待ちの後、発進した際、その前方左側に停車していて発進した被害車に対し、自車の左側前部を接触させ、原告を転倒させた上、被告車後輪で原告の右足を轢過したものである。被告磯には、被告車の左前方を注視し、かつ、同方向に車両があつた場合にはこれと接触しないよう適切な走行をすべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、漫然と発進進行した過失により、本件事故を惹起した。

仮に、右状況が認められず、原告車が被告車の左脇にいた際に本件事故が発生したとしても、被告磯には、発進の際に、左側の安全確認を怠つた過失がある。

(2) 被告らの被告磯に関する反論

停車中の被告車の左脇は歩道端まで一メートル足らずの狭い部分であり、かつ、路面は轍等によつて凹凸があつて二輪車の歩行が不安定であつたにもかかわらず、原告があえて右部分に進入していたため、その後の発進に際し自らバランスを崩して被告車の左サイドバンパー付近と接触し、被告車に巻き込まれたものである。他方、被告磯は、前方を注視した上発進直進しただけであるからなんら過失はない。従つて、原告の一方的過失により本件事故が生じたものである。

(二) 被告金井の責任

(1) 原告らの主張(自動車損害賠償保障法三条本文及び民法七一五条)

本件事故は被告磯の前記(一)(1)の過失により生じたものであるから、運行供用者である被告金井は責任を免れない(自賠法三条ただし書の適用はない。)。また、同様に、使用者責任も免れない。

(2) 被告らの被告金井に関する反論ないし抗弁

前記(一)(2)のとおり被告磯に過失はなく、本件事故は、原告の一方的過失による事故であり、かつ、被告車に構造上の欠陥や機能障害もなかつた。従つて、使用者であり、また運行供用者である被告金井の責任は生じない。

2  過失相殺

仮に、被告らが責任を免れないとしても、前記1(一)(2)、(二)(2)のとおり、原告にも重大な過失があつたから過失相殺をすべきである。

3  損害額

原告は、治療費、入院付添費、入院雑費のほか、右下腿切断による後遺障害に基づく逸失利益、慰謝料を請求している。

第三争点に対する判断

一  被告らの責任(免責の成否)及び過失相殺

1  本件事故の態様

証拠(甲二ないし甲六、乙イ一ないし乙イ三、被告磯及び原告の各本人尋問の結果)を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故に至る経緯

本件現場付近には、車道の幅員が七・三メートル、片側一車線の下り匂配の道路であり、原・被告車の走行車線の幅員は三・八メートルである。

被告車は、車幅二・四九メートルの大型貨物自動車であり、五十部町方面から通七丁目方面に向けて進行し、本件現場から約五・五メートル手前で、信号待ちのため、三台ほどの停車車両の後ろに停車した。数秒後、青信号となつて発進したが、五・五メートル進んだ地点で原告車と接触し、本件事故が発生した。

他方、原告は、被告車と同一方面に向けて、その後方を進行し、被告車が止つているのを見ながら、その左側を通過(どの程度まで進行したかについての検討は後記(二)(1)で行う。)して停車し、青信号に従つて発進した直後、本件事故に遭遇した。

(二) 本件事故の状況

被告車と原告車との接触地点(その態様については後述)は、歩道端から約〇・九メートル隔てた歩道寄り車線上である。そして、原告は被告車の左後輪で右足を轢過された。

ところで、衝突の状況・原告車の位置について、原告は、「被告車の左前方にいたところ、後方から衝突された」旨主張し、原告は、どの程度前方にいたかについては判然としないもの、概ねこれに沿う供述をしている。他方、被告らは、「原告車は被告車の前方ではなく左脇にいた」旨主張する。そこで、いずれであるかを検討するに、本件事故直後の実況見分においては、警察官が、被告車の前部バンパー左側、左サイドバンパー、左後輪の各擦過痕を現認しているのであるが、これらの部位だけでは被告車の衝突部位がいずれとも決めかねるというほかない。また、原告は後ろから衝撃を受けたと述べており、この点は明確に覚えていることから信用できるが、だからといつて、被告車の前部バンパーと衝突したともいえない。被告車の前部バンパーの地上高と原告車の後部のそれとは一致しないと思われるからである。また、被告磯は、本件事故直後から、前方を見ていたことだけは一貫して供述しており、原告が被告車からかなり離れた前方にいたとすれば、これを見落したとも考えにくい。他方、被告磯は、後記認定のとおり、発進時、左側ないし左後方の車両の有無を確認していない。

以上を総合すると、原告は被告車の左側(被告車の車長は七・八メートルあるが、その前部付近から後輪の手前あたり)に停車していて、発進直後、被告車と接触したと推認できる。

2  被告らの責任・免責の成否

前掲各証拠によれば、本件事故の衝突地点が歩道端から〇・九メートル車道寄りの地点であるから、停車中の被告車と左側の歩道端との間も約〇・九メートルはあつたことになる。そして、信号待ちのため右の程度の幅を空けて停車した以上は、歩道と当該車両との間に二輪車等が進入してくることは通常予想できるところである。また、被告車運転席からは、被告車の左サイドミラー等によつて左側ないし左後方を確認することができる状態にあつたことが認められる。

ところで、被告磯が、信号待ちのため停車した後の発進の際に、左側や左後方を確認したかどうかについては検討する必要がある。同被告は、法廷においては、確認したと述べているが、もしその際に同被告が述べるとおり原告車がなかつたとしたら、その後被告車が衝突地点まで五・五メートル程度進行する間に、原告車は右距離に加えて被告車の車長分である七・八メートル以上進行したことになり、被告車の衝突時の速度が時速約一五キロメートルであつたから、原告車の速度はその倍以上の速度で進行したことになる。しかし、被告車と歩道端までの幅が〇・九メートル程度であつたのに対し原告車の車幅が〇・六メートルあつたこと(甲三)や、原告が「のろのろ通過した」という供述(甲五、原告)に照らすと不自然である。また、被告磯は、本件事故直後の実況見分において、停止地点や原告が転倒中であつたのを見た地点程度しか指示説明しておらず、また司法警察員に対する供述調書でも、停車時の確認には触れているものの数秒後の発進時における確認については触れておらず、かえつて、「私が発進する時、前方の信号を見ながら発進したことが失敗でした」とあるのであつて、当初は、発進時に確認しなかつた旨の供述をしていたと推認できることと矛盾する。従つて、法廷での被告磯の右供述部分では信用できない。結局、被告磯は、発進時、左及び左後方の確認をしなかつたものと認められる。

そして、被告磯が被告車の左ないし左後方を確認していれば、原告車が進入してきて停車しているのを発見することができたといえるのであり、その上で発進方法等において事故を防ぐべき適切な措置を講じておれば、本件事故を回避しえたというべきである。従つて、被告磯には被告車の左ないし左後方の車両の有無を確認すべき注意義務を怠つた過失が認められる。

よつて、被告磯は、民法七〇九条により、また、被告金井は自賠法三条本文、民法七一五条により、後記認定の原告の損害(遅延損害金を含む。)を賠償すべき義務があり、被告会社は右同額の保険金を支払うべき義務がある。

3  過失相殺

被告磯において被告車左側の安全確認がされなかつたことは前述のとおりであるが、他方、原告車が歩道から〇・九メートルの地点で被告車と接触したことからすると、原告においても、かなり狭い部分を通過、走行していたと認められ、また、被告車は大型貨物自動車であるから、バランスを崩しやすい二輪車である原告車が接近すれば被告車と接触する危険は十分に予知できるところ、実際、発進時には原告車がふらついたことが認められる(甲五)。したがつて、原告の走行はかなり危険性の高いものであつたというべきで、右を避けて、被告車後方で停車するか、被告車が通過してから発進していたならば本件事故は回避できたと推認される。

従つて、原告にも右の点で落度があるといわざるを得ず、被告磯、原告双方の落度を総合斟酌すると、被害者の損害の三割五分を減ずるのが相当である。

二  損害

1  治療費 一二六万二八四六円(請求一二六万二八四六円)

証拠(甲一六の一ないし三二)によれば、右額と認められる。

2  入院付添費 八一万〇〇〇〇円(請求八一万円)

証拠(甲八、一五、甲一六の一、原告)によれば、原告は、本件事故のため、右下腿挫滅、右下腿デ・グロービング損傷等の診断により、右下腿切断(膝下一五センチメートル以下の部分)・断面形成の手術を受け、その後、義足による歩行訓練を行つたこと、そのため、平成元年七月一〇日から平成二年一月五日まで一八〇日間、足利赤十字病院に入院したことが認められる。右の原告の負傷内容・程度、治療経過及び弁論の全趣旨に照らすと、入院付添費として、一八〇日間にわたり、一日四五〇〇円相当がやむを得ない損害と認められる。よつて、前記金額となる。

3  入院雑費 二一万六〇〇〇円(請求二一万六〇〇〇円)

前記2で判示した事実によれば、一八〇日間にわたり、一日あたり一二〇〇円の入院雑費が必要であつたと認められる。従つて、右金額となる。

4  逸失利益 二九六二万五〇五〇円(請求三一七三万二四九〇円)

証拠(甲八、一五、一七、一八、原告)によれば、原告は、本件事故当時、健康な五〇歳の女性(昭和一四年三月九日生まれ)であり、東京電力株式会社栃木支店足利営業所に検針員として勤務していたこと、本件事故による負傷により、前記2認定の手術を受け、その結果、右足を膝下一五センチメートルの部位から失い、義足による歩行を余儀なくされたこと、そして、現在、原告は前記職を辞め、無職であること、原告の右後遺障害は自賠責保険において五級五号に該当するものと認定されたことが認められる。してみると、原告は、事故時から六七歳までの一七年間にわたり、原告が本件事故前に得ていた年収三三二万六二四三円の七九パーセントに相当する収入を減ずるものとみるべきである。

以上より、前記年収を基礎に、中間利息をライプニツツ方式(係数一一・二七四)により控除して原告の本件事故時における逸失利益の現価を算出すると前記額となる。

3326243×0,79×11,274=29625050

5  慰謝料 一二〇〇万〇〇〇〇円

(請求 傷害分二〇六万円、後遺障害分一一〇万円)

原告の受傷内容、治療期間(入院一八〇日)、本件事故の際に被つた恐怖、苦痛、後遺障害の内容・程度その他諸般の事情を考慮すれば、慰謝料として右額を下らない。

6  小計 四三九一万三八九六円

三  過失相殺・相殺後の金額 二八五四万四〇三二円

前記一で判断した三割五分を減ずると、右金額となる。

四  既払額控除後の金額 一三五一万四〇三二円

原告の受領額一五〇三万円を控除すると、右額となる。

五  弁護士費用 一三〇万〇〇〇〇円

六  合計(認容額) 一四八一万四〇三二円

七  以上の次第で、原告の本訴請求は、一四八一万四〇三二円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成三年七月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小西義博)

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